マックと共に

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マッキントッシュの生みの親スティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。
私の中ではパソコンは切っても切れない存在だが、そのパソコンとはwindowsマシンではなく、マッキントッシュ(Mac)である。
会社には入社して最初のボーナスで買ったパソコンが、たまたまMacだった。
その時は、ただ単に会社とは異なるパソコンが欲しくて買っただけなのだが、使い始めてすぐに虜になった。
その当時、会社の使っていたパソコンはwidows3.1、win95に移行する時期でもあった。
具体的にどこがどういいのか、うまく説明することは難しいが、触ってみるとなんだかやっぱりMacのほうが使いやすいのである。
しばらくすると、古いMacを中古で手に入れては、中身のボードを乗せ買えて使うようになった。
自作パソコンなどというものが出始めていたが、ただボードにパーツを差し込むだけの着せ替えおもちゃだと思っていた。
私がやっていたのは、マザーボードをごっそり引き外し、現役のマザーボードを無理やり載せる。
そのために、配線をぶち切り、ハンダゴテを駆使してつなぎ替え、マザーボードが入るスペースを確保するため内部をノコギリで削ったり、など荒業を駆使していた。
ちなみに「ドーピングマック」という本がバイブルだった。
時には、モニタ一体型のMacをばらしているときにブラウンから火花が散ったり、基板から煙が出たりと、かなり危険なこともあったような気もする。
子供たちが物心ついた頃には、まっさきにMacに触らせた。
親父にもMacを薦めた。
子供からじいちゃんまで、誰でも難なく使いこなせてしまうMacの懐の深さに驚いた。
子供たちが小学生に上がり学校でwindowsマシンに触れるようになり、おじいちゃんも家のパソコンにはマウスに右クリックが無いことに気づき始め、windowsマシンも中古で手に入れたが、Macで養った感覚で難なくwindowsマシンを使いこなしていた。
そして、やっぱり普段使うのはMacなのである。
家に置くのはMacが一番。
そんなこんなで、Mac大好き人間である私にとってスティーブ・ジョブズ氏の死去は、とても衝撃的だった。
この先もいままで以上に、人々を驚かせるようなモノを作り続けて欲しいと願います。

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